イキリオタクの自己満感想所

エロゲを主として、僕が触れた創作の感想を不定期で書いていきます。

SSSS.GRIDMANを見た感想 -懐かしさと恥ずかしさ-

どうもこんにちは。

初めましての人は初めまして。

今やってるSSSS.GRIDMANを遅まきながら最新話(4話)まで見たので、感じたことを少し書きます。

 

 

 

※ネタバレ有ります。多分。

 

 

 

 

 

まずこみあげてきたのは恥ずかしさでした。

如何にも特撮っぽい、子供にもわかりやすい善悪演出のもと描かれた戦闘シーン。

小難しい説明を無くして、ただただヒーローが悪役を倒すことにフォーカスした構図。

こんな子供っぽいものをこの俺が見るのか?とイキって視聴を止めようかとも思いました。

しかし、六花が好きなのでそのまま2話3話と視聴を継続し…

 

気づけば、どっぷりハマってしまいましたw

 

最初戦闘シーンを見ていた時に感じていた恥ずかしさもいつの間にかなくなり、気づけばグリッドマンの登場にワクワクし、頑張って怪獣をやっつけてくれと応援する自分がいました。

 

何が言いたいのかというと…

 

結局、男子って生き物は歳を取ってもそんな変わんねえんだなってことです。

 

子供の頃はかじりつくように見て、関連するおもちゃを買って真似ごとをしたりして、そんな風に幼少期を彩った特撮ヒーローものに対して、何となく、歳を取ったら卒業した方がいい、もっと複雑な物語を読んだ方がいいと社会的に思わせられるけど。

やっぱりいつまで経っても、恥ずかしいくらい愚直で清々しい王道的な勧善懲悪に燃える。

それが男子なんだなと。

そう感じた次第です。

 

 

 

一応、誤解のないように補足しておくと、グリッドマンは考察し甲斐のある、十分深く練られた物語だと思っております。

各キャラの思惑とか、行動心理とか、過去とか、色々考察の余地はありますが、今回言いたかったのはそこではないので、それはまた別の機会にでも。

 

 

 

こんなところです。

食わず嫌いするもんじゃないですね。

今季アニメで一番好きになったかもしれませんw

 

 

 

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それではまた!

空に刻んだパラレログラム体験版感想 - あおかなより青春してね?

どうもこんにちは。

初めましての人は初めまして。

ウグイスカグラさんの最新作、空に刻んだパラレログラム(以下パラレロ)体験版を攻略し終えたので、その感想を。

本当はtwitterの方で軽く済ませようと思っていたのですが、文字数が足りなくなってしまったのでこちらで書きます。

 

ちなみに僕は、ウグイスカグラさんの作品をやるのは初めてだということを断っておきます。

 

 

 

※ネタバレ有ります。嫌な方はブラウザバックお願いします。

 

 

 

 

 

発表された当初は、“ジェネリックあおかな”なんて表現されていたらしいですが、正直あおかなっぽさはないと感じました。

 

単純におもしろいです。

メインヒロインは大半が初心者、もしくは初心者チームに属しているわけですから、下手くそと虐げられる場面が多いです。そんな状況下でも、「空が好きだから」と主人公やほたる先輩を感化しながら、切磋琢磨する様が見てて非常にアツい。

試合シーンは少ない上に、あおかなみたいにいきなり覚醒して下剋上みたいなことも起こりませんが、その時々の限界を振り絞って諦めずに頑張る姿が上手く表現されていました。文字通り手に汗握る。

 

正直あおかな明日香√よりも、こうやって泥臭さがある方が青春っぽく感じるのですがどうでしょうか。

 

体験版以降の話では、もっと試合シーンが描かれると思うので、まだまだ期待ですね。

 

個人的にはハイレベルな戦いも観たいので(境先輩が登場するような)、そこはほたる先輩√に期待ですかね?

 

ライターが鬱作家と聞いていたのですが、体験版時点でめちゃくちゃ絶望的な展開はなかったので、個別√で希望をへし折ってくるのでしょうか。

個人的に妹と里亜はそんな展開になりそうな気がします。

柚とほたる先輩は…ハッピーエンドになるよね?(してくださいっ)

 

後、これはシナリオとは関係ありませんが、スクリプトが少々雑なのと、立ち絵や背景が所々手抜きなのが玉に瑕。流石に製品版では直してくれると思いますが。

シナリオで勝負するメーカーだというのはわかりますが、小説ではなくエロゲという表現媒体を使っているのですから、そのポテンシャルを100%活かして欲しいですね。

 

 

 

まあだいたいこんなところです。

製品版が出て攻略し終えたらまた感想書きに来ます。

 

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ゴブリンスレイヤーを見て感じたこと -奇をてらうことの意味-

どうもこんにちは。

初めましての人は初めまして。

当ブログにお越しいただきありがとうございます。

書くネタがなかったので、タイトルの通り、今季アニメの『ゴブリンスレイヤー』を見て僕が思ったことを少し書き綴っていきます。

 

 

※ネタバレ有りです。ご注意ください。

 

 

 

 

 

ゴブリンスレイヤー(以下ゴブスレ)というアニメは、正直言って好みが分かれると思います。

僕の友達の間でも、好きな人と苦手な人がいます。

万人受けしない要因は何と言っても、1話のあの悍ましいまでの暴力表現でしょう。

それまでの余裕、平穏を一気に絶望へと塗り替える。

完膚なまでに世界観を恐怖という色で染めあげる。

 

話題性という意味では、一度は大衆の注意を引くかもしれません。

ですが、それはいつまで持つでしょうか?

今季は、『転生したらスライムだった件』という万人受けしそうな異世界アニメもある中で、ゴブスレがその魅力を放ち続けるにはどうすればいいのでしょうか。

 

僕はこう思います。

 

“1話で視聴者に植えつけた本能的な恐怖感情を無駄にしない”

 

どういうことか。

 

恐怖を与えることによって、何を表現したいのか視聴者に考えさせる。

 

twitterの方で1つ、興味深いツイートがありましたので引用させていただきます。

 

 

 引用の引用になってしまって恐縮なのですが、非常に的を射た見解だと思いましたね。

これを貼りつければ、僕の言いたいことが大体カバーできるような素晴らしい語彙力のレビューです。

 

僕はゴブスレを見て、「畏れ」ました。暴力的な衝動が、決して犯してはいけない禁忌として僕たちの心の裏側にいつでも存在することに戦慄し、恐怖しました。

 

みなさんはどうでしょうか?

 

創作の解釈というのは千差万別です。

模範解答のようなものは絶対に存在し得ませんし、裏を返せば誤答も存在しません。

だから、ゴブスレを最後まで見て何を思うかはその人次第という曖昧なことしか言えませんが…。

見終わった後に何かを教訓として得られる、そんな深い作品であることを期待しています。

 

 

 

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『君の膵臓をたべたい』アニメ映画感想 - 生きること、そして死ぬこと

どうもこんにちは。初めましての人は初めまして。

今回は、君の膵臓を食べたい(以下キミスイ)のアニメ映画の方を見てきたので、その感想をちょろちょろと。

原作小説の方も既読ですが、ここでは原作と映画の比較をするのではなく、キミスイというコンテンツについてアニメ映画の感想を通して触れていこうかなと思っております。

 

 

 

※ネタバレ有り。嫌な方はここでブラウザバックお願いします。

 

 

 

 

 

・桜良の死に方

原作小説の方で読んだ時に、とても衝撃的だったのを覚えています。

病気で死ぬんだと予想して読み進めていたので、度肝を抜かれましたね。

 

病死ではなく、通り魔による他殺。

ここに、この作品の死に対する考え方が表れています。

 

 

考えてみれば、一日一日の価値が変わらないなんて当然のことです。

なのに僕たちは、死期が近づいた途端に一日の価値を上げる。

それはひとえに、僕たちが普段死とは遠いところにいると錯覚しているからでしょう。

でもそれは間違いです。

例えば、街中を歩いていて突然自動車に轢かれるかもしれない。

例えば、桜良のように通り魔にいきなり襲われるかもしれない。

 

死が遠い場所にあるなんて全くの嘘です。

死はいつも隣で僕たちを待っているんです。

 

誰だって明日死ぬかもしれないんだから、毎日を全力で生きる。

桜良のそれを叶えさせることができるのが、“真実”と“日常”を同時に与えることができる春樹だけだったんですね。

 

・春樹と桜良の関係

でも、桜良って春樹と出会ってから妙に一日一日を大事にしてないか?と思う方も少なくないと思います。

確かに彼女は、春樹と出会ってからの日々をとても濃密に過ごしています。

でもそれは、決して一日の価値が上がったからではありません。

前段の最後と被りますが、桜良にとって、春樹が唯一“真実”と“日常”を同時に与えてくれる存在だったからです。

 

では何故、春樹だけがそれをできたのでしょうか?

 

それは春樹が、良くも悪くも、今まで桜良と接してこなかったからでしょう。

彼女の死に対して、最初、特別な感情を抱かなかった。

否、現実味がなかったのかもしれませんね、人の死というものに。

 

とにかくそのおかげで、春樹は桜良に対して、“真実”と“日常”を同時にもたらすことができたんですね。

 

そんな彼も、桜良を通じて変わっていきます。

春樹が桜良から教えてもらったことはたくさんありますが、一番大きいものは

 

生きるってのはね。

  きっと誰かと心を通わせること。
  そのものを指して、
  生きるって呼ぶんだよ。

 

桜良の言葉を少し引用しましたが、これでしょう。

この言葉は、今まで人との関係を全て空想で済ませてきた春樹にとって革新的なものだったに違いありません。

彼自身が、彼女といる生活に楽しさを感じるようになったのですから。

それがまさしく生きることだと、桜良は言ったのです。

 

桜良もまた、春樹に教えてもらったことがあります。

それは自分が生きているんだということ。

彼女自身が言いました。誰かと心を通わせることが生きることであると。

でも、それは春樹以外から既に教えてもらってないか?という疑問が出てくるかもしれません。

僕も少しそう思いました。

 

こう考えてはどうでしょう。

桜良は友人を必要とし、また友人も桜良を必要とした。

ここで既に生きるという行為は発生しています。

でも、それはいつしか当たり前のことになって、桜良も気づかないうちに意識の底に沈んでしまった。

 

そこに春樹が現れる。

彼は最初全く桜良に興味がなかった。

そんな彼が、彼女と過ごしていく中で、彼女を失いたくない、せっかく掴んだ“生きる”ことをやめたくないと桜良に訴える。

 

そこで桜良は認識するわけです。

自分は紛れもなく生きているんだと。

死が現実味を帯び始め、不安になっていた彼女にとってそれは救いでした。

 

・春樹と恭子の関係

この2人に関しては、最初は最悪の関係でした。

春樹は恭子のことを特別嫌と思っていたわけではないでしょうが、恭子は春樹のことをすごく目の敵にしていました。

 

そんな彼らが、桜良という人物を通して、友達になったわけです。

 

春樹は桜良のお願いということもありますが、それ以上に“生きる”ことの素晴らしさを知ったからこそ恭子と友達になろうとする。

恭子は桜良の死の真相を知って春樹をますます嫌いになるも、気持ちが落ち着いた頃に桜良のことを考え、春樹に対して前向きになる。

 

過程の描写は一切ないので、この辺は完全な想像になってしまいますが。

 

桜良という人物が、ここまで人を変えた。

そうやって人に“生”を与えることができる桜良に、春樹は憧れを抱いていたのでしょう。

 

 

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

個人的に印象に残った部分を、章立てにして話してみました。

ぐちゃぐちゃになっていなければいいですが。

 

この作品を見て生きることの意味、死という概念など人生の根幹に関わる部分について考えさせられます。

 

生きることの本質。

これは人によって様々な意見があると思いますが、僕はこの作品と同様に人との関わり合いが生きる意味だと思っているので、そういう意味でキミスイはとても僕に合っているななんて思ってます。

 

 

 

キミスイ作者の別作、『また、同じ夢を見ていた』が今途中読みなので、そちらを早急に読もうかなんて考えてます。

 

だから次回はそれの感想になるかもしれませんし、ならないかもしれません。

変わらずマイペースに適当にやっていきますが、よろしくお願いします。

 

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それではまた!

『ペンギンハイウェイ』感想 - たった1つの出来事で世界はがらりと変わる

どうもこんにちは。初めましての人は初めまして。

twitterのTLやらなんやらで、ペンギンハイウェイという映画が話題になっていて、久々に映画を見たいなとも丁度思っていたので、今日見に行ってきました。

SF的な部分にはあまり触れず、キャラの心の成長を追いながら、感想を述べていきます。

 

 

 

※ネタバレ有ります。まだ映画を見てない方はブラウザバックをお願いします!

 

 

 

 

 

・アオヤマ君

アオヤマ君に関しては、恋という感情を覚えた、ということでしょうか。

アオヤマ君は物語冒頭からお姉さんにゾッコンなわけですが、彼自身は最初からそのことに自覚があったわけではありません。

彼はペンギンと<海>とお姉さんの秘密についてどんどん考察していくのですが、常にその動機は未知に対する好奇心でした。ですが、最後の研究課題として残った、お姉さんの正体については、未知に対する好奇心ではなく、お姉さんに対する好奇心、言い換えれば、お姉さんに対する恋心が動機と言えるでしょう。

何故そう言えるのか?

<海>の中に入ってから最後、喫茶店に2人でいるシーン。ここでお姉さんがアオヤマ君に抱きついた時に、アオヤマ君のノートのカットインが入りますよね。ここでおそらくアオヤマ君は、自身の感情の正体に気づいたのではないかと僕は考えました。

恋愛系の創作が好きな方なら伝わると思いますが、ふと手が触れ合った瞬間とか、何かの拍子に身体が触れ合った瞬間とかに目を背けていた自分の恋愛感情にキャラクターが気づくシーン。あんな感じじゃないでしょうか。

科学にしか目のなかった男の子が、お姉さんとの関わりを通して、若い男の子らしさを手に入れたということです。

 

・スズキ君

スズキ君はかなり成長がわかりやすかったんじゃないでしょうか。この手のポジションのキャラってだいたい更生しますからね。

スズキ君はハマモトさんのことが好きなわけですが、そのハマモトさんと科学の話題で盛り上がるアオヤマ君を当然快く思っていません。だからアオヤマ君やウチダ君、更にはハマモトさん自身にまで悪戯をしてしまいます。

そのピークとなったのが、研究者に事情聴取されたシーン。

流石のスズキ君も、ハマモトさんに直に言われたことは守るのか、教室から出ていくシーンでハマモトさんに念押しされた時は、本心から言わない感じの返答をしてました。(少なくとも僕にはそう見えました。見返すことができないのでこれ以上は何とも言えませんが。)ですが、研究者に直接色々聞かれて浮かれてしまったのか、つい<海>のことについて話してしまいます。そのことがハマモトさんまで伝わり、本気で怒られます。

そうしてなんとなく、スズキ君の中に気まずい感情が生まれてくるわけです。(これはその後の学校のシーンで、取り巻きが楽しそうに過ごしているのに、1人辛い表情を浮かべ椅子に座ってたから。)

素直になれない自分が起こしたことがどんどんエスカレートして、好きな人に嫌われるまでになってしまったのですから、当然反省します。

その証拠に、災害警告の後、<海>に何とか向かおうとするアオヤマ君達を助けます。

「あーあーお決まりの展開ね」って感じですが、よく考えてみると、とても重要なシーンです。

自分が嫌いだった人、見下していた人を助けるのって簡単ですか?

プライドが邪魔して、普通は上手くいかないと思います。

だから、照れながらでもそれをやってのけるってことは、それだけ大きな心境の変化、心の成長があったことの裏付けです。

そして極めつけはハマモトさんとチェスをするシーン。

あれはスズキ君が素直にお願いをして実現したんだというのは、言わなくてもわかるでしょう。

作中の人物の中で一番わかりやすく、一番大きい成長を遂げたのはスズキ君なのかもしれません。

 

 

 

とまあ、こんな感じで2人を取り上げて語ってみました。

他にも語るべきキャラクターはいるかもしれませんが、気になったのがこの2人だったので。

 

 

 

SF作品というと、どうしても主題がSFに寄ってしまって小難しい作風になるイメージがあるのですが、ペンギンハイウェイは全然そんなことなかったですね。

終わりも綺麗にまとまっていて、普通の青春ものを見ているような感覚でした。

 

 

 

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ラズベリーキューブ体験版プレイ感想 - キャラゲーはキャラが可愛いだけで満点なのか?

タイトルの通り、ラズベリーキューブ体験版を一通りやったので、その感想を述べていきます。

ヒロイン1人1人細かく分けるのではなく、作品全体を通してどう感じたかについて言っていけたらなと。

短いものになるとは思いますが、お付き合いください。

 

 

 

体験版ですが一応。

ネタバレ多少有ります。見たくない方はここでブラウザバックお願いします。

 

 

 

 

 

…とりあえずどのキャラも魅力的で、終始ニヤニヤが止まりませんでした。

はすね先生の絵柄に惹かれてこのゲームを予約したのですが、そうして正解だったと思わせられる素晴らしい出来でした。

1番の推しは悠なのですが、他のキャラクターも劣らず可愛らしさを感じられるのはキャラゲーとしては満点でしょう。

シナリオもキャラゲーということを考えて、かなりコミカルな作りになっています。普通であれば凄くシリアスになりそうなところも、BGMや文体、キャラのノリなどを駆使して、とてもギャグ的に収めています。

かといって全くシリアスではないかと言えば、そうではありません。ミコ姉√に関しては少しのシリアスを期待しています。主人公が河江に引っ越してきた背景と、ミコ姉が抱える事情、その辺りが絡んで主人公達が悩み、葛藤し、そしてそれを乗り越えて成長したところを見せて欲しいですね。

いくらキャラゲーと言えども、ゲーム開始時とゲーム終了時で主人公とヒロインが恋人になったという事実以外何も変わりがなかったら、物語として退屈ですからね。ユーザーを引っ張るキャラクターの魅力というのは、可愛さだけではないと僕は思います。

 

こんな感じで、概ね不満はないのですが、あえて1つだけ挙げるとするならば、ヒロイン同士の繋がりが薄いということでしょうか。

個人的に、エロゲのヒロイン同士の掛け合いはすごく好きです。特に、個別√に入った後のヒロイン同士の恋についての相談や、恋人になった後のいじりはかなりお気に入りシーンです。エロゲをプレイする中での楽しみの1つと言っても過言ではないですね。

体験版といっても、ラズキューの場合、おそらく共通√の序盤しか収録されてないので、物語がもっと進めばそういう展開になっていくかもしれませんが、そこは現時点では判断できないので不満点として挙げさせてもらいました。

 

色々書きましたが、とにかく楽しみです。期待をますます膨らませられるような内容でした。9/28が待ち遠しい限りです…!!

 

 

 

 

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『木洩れ日に泳ぐ魚』感想 -真実と事実と嘘-

こんにちは。こんばんは。

このブログは元々エロゲの感想を書くために開設したものではあるんですけど、最近それじゃ物足りないというか、まあエロゲ以外の創作にも触れることはあるので、そういったものの感想もここに残していこうと思い立ち、今回は一般小説の「木洩れ日に泳ぐ魚」というものについてです。

このブログの読者層には合わないチョイスかもしれませんが、良い意味で何度もハラハラして、度肝を抜かれ、ページをめくる手が止まらなかった作品なので、抵抗ない方は是非読んでみてください。

それでは感想の方に移っていきます。

 

 

※ネタバレ全開です。未読の方はここでブラウザバックしてくださいね。

 

 

 

 

 

この小説は、同棲している男女が、別れる前夜に互いのすれ違いの原因となったモヤモヤを解消させていく、というのが大筋なのですが、とにかく伏線の張り方が絶妙なんです。

総ページ数は約300ページほどなのですが、回想を除けばその全てが2人が語り合う夜のシーンのみで構成されます。ここからわかるようにとにかく密度が濃いんですよ。よくもまあたった1シーンでここまで出来たなと。何故同棲していた2人が今夜限りで別れることになったのかはもちろん、どうして2人は同棲していたのか、そもそも2人は何者なのか等、小説冒頭では不透明だった世界観が終盤では明瞭になっていく。そのピースがどんどん埋まっていくような気持ちのいいほどの伏線回収は圧巻の一言に尽きます。

そんな技巧的な部分ばっか褒めてても仕方ないので、そろそろお話の感想について述べていきますね。

 

本の末尾に、解説という名のある人の感想が書かれているスペースが設けられているのですが、その人が言っていたこの小説のテーマは「禁じられた恋愛」。アキはヒロを肉親だと思っていたが故に恋愛感情が募ったのだと。叶い得る恋愛というのはいつか冷めてしまうから。冷めるというのは別れるという意味ではなく、友情や信頼にそのまま移り変わることを意味するのだけれども。(例えば結婚して何十年も経った老夫婦など。)叶わない恋というのは、燃えるのではなくいつまでも燻るものであるから、いつまでも残り続けるのだと。恋愛経験の浅いというかない僕ですが、これは非常に納得のいく説明でしたね。事実、アキはヒロがいとこだと分かった瞬間に急激にその感情が薄れていくと記述がありましたから、これは何も間違いではありません。

 

ですが、僕が感じたことは別にあります。それは「真実が持つ怖さ」です。僕たちは真実が善で、嘘が悪であるという価値観のもと生きています。大体の人は、真実を話すことは良いことで、嘘を吐くことは悪いこと、と認識していると思います。しかし、果たして本当にそうでしょうか。

ヒロとアキは、物語初めから終わりまで、“真実”に振り回され続けます。いや、物語外にある彼らの人生全て、と言っていいでしょう。“真実”を求め生きるけれども、その先に待っていたのは“真実”による人生の否定だった。簡単に言えば、「知らない方が良いこともある」ってやつです。ヒロの父親の死因の推察も、ヒロとアキの関係も、ヒロとアキが互いに抱いていた感情の正体も、その全ての“真実”を知れば知るほど彼らは追い詰められていきました。

ここで、物語上における“真実”と“事実”の違いに触れておこうと思います。と言っても、さしてこの物語特有の意味が込められてるわけではなさそうですが。

事実とは、客観的に存在する事柄。対して真実とは、主観が入り混じった事実。簡潔ですが、こんなところでしょうか。

もう少し踏み込んで考えてみましょう。ヒロの作中での言葉にこんなものがあります。

 

『僕と彼女の間には、長い歳月をかけて築き上げてきたさまざまな「事実」があった。既成の「事実」もあったし、見つけた「事実」もあったし、僕らで作った「事実」もあった。

だけど、「真実」はどうだろう?

僕と彼女の間に、「真実」はあったのだろうか。』

 

ここで言う“事実”とは、例えばヒロとアキが公園のブランコに座って何時間も語り合ったことであるし、“真実”とは例えば2人は本当に愛し合っていたのか、ということでしょう。

2人は愛し合っていた。これは最初は“真実”であったのかもしれません。ところが、2人は自分らにまつわる“事実”を知っていく中で自身の恋愛感情に疑念を持ちます。この時点で、2人が愛し合っていたというのは“真実”ではなくなります。自分がそのことに自信を持てなくなるから。

要するに、“真実”とは信念のようなもので可変的であり、“事実”は不変的なものであると結論づけることができます。

だからそういう意味で、“嘘”ですら“真実”に成り得るのではと僕は考えます。事実、彼らが兄弟で、禁じられた恋をしていたのは“嘘”であったが、彼らがいとこであるという“事実”を知るまでは“真実”だったのですから。

 

もう一度まとめると、彼らは“事実”を知り、互いを信じられなくなったからその間に“真実”なるものは存在しなくなった、というのが僕の解釈です。それ故、彼らの離別は必然的だったと言えるでしょう。“真実”が太陽のようにチラつく木洩れ日の中で、彼らは泳がされていたのです。

事実が、真実を塗り替える。「知らない方が良いことも世の中にはあるよ」なんて今や陳腐でくだらない言葉と一蹴されがちですが、人間関係の真理が詰まっていると言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

冒頭でも言った通り、普段は主にエロゲの感想を書いています。この記事で初めて当ブログに来られた方は、逆にそういった記事に縁がないかと思いますが、これからは一般小説の感想記事もこんな感じで書けていければと思っておりますので、良ければこれからもお付き合いください。

 

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